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探索6日目。

基本行動で投稿した日記。
6日目。
今回日記形式じゃないのは、遺跡外だからです。たぶん。

防具を作成してくださったアンニエーゼさんをお借りしました。

※4330文字

草原を風が渡り、青い空に太陽が煌いている。
どこか遠くからかすかに潮のにおいが届き、耳を済ませば鳥の声が聞こえる。
つい先ほどまで居た、遺跡の内部と変わらぬ景色。
しかし、どこかが違う、新鮮な空気を、胸に吸い込む。

「なんじゃしかし、やはり外は違うのう」
「そうだね、空気が新鮮な気がするよ」
深呼吸をしながら誰とも無く呟いた紅煉の言葉を拾って、メイズは続けた。
「大丈夫か、禅?」
ゼンは背に負った荷物を降ろしながら、鷹揚に頷く。
伸びをすると外套の袖口のほつれが気になった。
「どうしたのじゃ?」
伸びの体勢で両腕を上げたまま袖口を弄っていると、下の方から紅煉が訝しんで声をかけた。
紅煉は眉をひそめ拗ねたような表情で背伸びをして、彼女の目線からすればはるかに高い位置にあるゼンの手首を見ようとする。
僅かに表情を緩めると、ゼンは腕を下ろし袖口を紅煉に見せる。
「ほつれた」
「むぅ……」
差し出された袖を見て、紅煉は少し唸ると、メイズの方を振向くと早くも周囲と情報交換をはじめていた為、直ぐに向き直った。
「わしには無理じゃ……が、冥頭に才があるとも思えん……」
そう言われると、ゼンは少し残念そうに、そうかと呟いて、再び荷物を持ち上げた。
「そのうちまた良い着物も見つかるじゃろ。
そうじゃ、あちらの大樹のほうには市が起つと聞いておるぞ。あとで行ってみるが良かろう」
歩き出したゼンの後ろを半分の歩幅で小走りについて行きながら、紅煉は彼女なりの慰めの言葉を口にした。



天幕の中も外も、お天道様も未だ明るいというにも関わらず、
飲んだくれと酔っ払いと泥酔者と俺は酔ってないと主張する人間とが溢れ、
僅かなザルとさらに少ない底の無い升が混ざっていた。
有体に言えば、宴会状態であった。
今日も生きていることに乾杯し、明日がくる事にまた乾杯する。
遺跡と島を罵倒しつつ愛で、冒険に生きる人生を感謝しつつコップに酒を注ぎ、
誰かの誕生日だと笑い、誰かの命日だと泣き、そしてなんでもない日に乾杯を捧げる。
遺跡から出てきた人間も、これから入ろうかという人間も混ざり合って、交流を深めていた。

天幕の中、端のほうにゼンは一人で座り込んでいた。
メイズも紅煉もそれぞれどこかに行ってしまい、特に知り合いもなく社交性もないこの男は一人で黙々と食事をしていたのだ。
そこに、エールのピッチャー片手に紅煉が戻って来た。
「なんじゃ、禅は。酒は飲めぬのか?」
ゼンが持っていたカップの中身はほとんど減っていない。
あちこちと杯を交わし、浴びるように酒を飲んでいた紅煉は、頬を赤く染めながら言った。
「つまらぬ男だのう」
「……飲めないわけじゃない」
「んんー?何ぞ、拗ねおるか」
からからと笑う紅煉を見返したあと、カップの残りを一気に煽る。
「よし、飲め!」
空になったカップに間髪入れずにエールを注ごうとする紅煉を制して、ゼンはカップを置くと立ち上がる。
「なんじゃ、飲まんのか?」
「散歩」
ゼンはそれだけを言うと外套を掴み、振り返る事なく天幕を出た。

周囲には幾つも似たような天幕が張られていた。
人々は集い言葉を交わし、互いの無事を称えあっている。
通りの流れは彼方の大樹に向かって流れているようで、さてはあれが紅煉の言っていた市だな、と、周囲に疎いゼンでも目星がついた。
しかし、ゼンは持ち出した外套の刺繍を眺めたあと、溜息を1つ吐くと、流れとは逆に向かって歩き始める。
そのまま自然と出来た人通りの多い箇所を避け、丘に向かって歩いていくと、市とは違う方向に広がる空き地に一本の大木を見つけた。
何故だかは判らないが、様々な色合いや素材の布で飾り付けられている様に見える大木は、ゼンに懐かしい村の景色を思い出させる。
村には、冬至が近くなると村中の木々に糸を掛け端切れを結び付けて、無事冬が過ぎ去るのを祈る祭りがあった。
懐かしさから大木に近付くと、視界を金色の輝きが横切った。
「……ッ!?」
記憶の中に残る金色と同じ輝きに、驚いたまま立ち止まり暫し目を瞬かせていると、
その金色の持ち主はゆっくりとこちらを振り返り、ニコリと微笑んだ。
「……貴方もこの木に衣装を掛けに来られたんですか?」
ゼンの顔と手に持った外套を交互に見ながら、少女は言った。
それはゼンの持つやさしい記憶とは全く違う、見知らぬ、しかし愛らしい顔立ちの少女であった。
「いや、違う」
頭を振るい、帽子を深く被りなおすと、ゼンは木を指して尋ねた。
「この木は?」
「この木は、衣装の木と言うそうです。枝振りが大きくて、ほら手近な所に枝がありますでしょ?」
手振りを交えて少女は説明をくれた。
「探索に行かれる方や戻られた方々が、衣服を干されるのに使っているうちに、この様になってしまったんですって」
大きく両手を広げて、ね?と微笑む。
よく見れば確かに、ただの端切れかと思っていた色とりどりの布切れは、様々な色形装飾の衣服に違いなかった。
恐らく持ち主が忘れたか、それとも還らなかったのか、捨て置かれて布切れに戻ってしまっている物も混ざっている。
「古い服をここに置いて、かわりに新しく気に入ったものを持っていく、なんて言う事もできるそうなので、
私てっきり貴方もそうなのかと思って……ごめんなさい」
そう言って少女はエプロンドレスを翻してぺこりと頭を下げた。
なるほど、大木の側では線の細い若い女性が、枝に掛けられたドレスに目を奪われている。
新しくトランクに詰める衣装を選んでいるのだろうか。
「捨てる気は無いが……」
ゼンは自分の外套を見た。どうしてもほつれた袖や裾が気になる。
このまま着ていたらボロボロのただの布になってしまうのでは無いかと、羽織る事すら躊躇っていた。
「あら、ボロボロ……あ!私ったらまた」
白い指で口を押さえて、少女は上目遣いでゼンを見た。
「気にするな。直せないので途方に暮れていた」
少し目を細めて、ゼンは答える。
すると少女は、両手を合わせてこう提案した。
「そうだわ。その服、私に少し預けて頂けませんか?」
不思議そうな顔をしてゼンは少女を見る。
「私、こう見えても仕立て屋なんです。まだ見習いですけれど……お店も持ってますのよ」
そう言って少女は人通りの多いほうを指差した。
何処にその店があるかは、ゼンには判らなかったが、仕立て屋ならばほつれた裾や袖を繕うくらい簡単だろう。
だがしかし、今はまったく持ち合わせが無いことに気が付いた。
繕いなおして貰ったとしても、代金を払うことができない。
若いながらも職人であるならば、代価を支払わない訳にはいかない。
「持ち合わせがない」
そう断ろうとしたところで、少女は頭を振って答えた。
「見習いなので、御代は結構です。何事も経験になりますし」
そう主張する彼女に、ゼンはしばらく悩んだあと、ポケットに入っていたものを思い出した。
探索の途中で手に入れた針だ。
遺跡の中で見つけたものであるから、何かしら不思議な効用でもあるかも知れない。
そう考えて、その小さな銀色の針を彼女に差し出した。
「……不思議。遺跡の中にも針があるんですね」
日の光に煌いたそれをしばらく眺めたあと、少女はポケットからハンカチを出して針を包み、再びポケットにしまった。
報酬を提示した以上、取引する意志があるという事だ。
ゼンは小さく溜息を吐くと、差し出された少女の腕に外套を預ける。
思いのほか重量があったのだろう、少女は一瞬よろけたが、直ぐにニコリと笑って
「それじゃぁお預かりしますね、ほんの一時もしない間に戻りますから……えーと」
「ゼン」
「はい、ゼンさん。私、アンニエーゼと申します」
外套を胸元に抱えるとぺこりと頭を下げた。ゼンもつられて頭を下げる。
「それでは、少々お待ちくださいね」
そう言って、少女、アンニエーゼは通りに向かって駆け出して行った。
外套をしばらくの間でも手放すのは恐ろしい気がした。アンニエーゼが思う以上にゼンにとって、その外套は大切な物だったから。
だが、若い女性の居住に、見知らぬ男が押し掛けるものではないだろうと、付いて行く事を諦めた。

結局、アンニエーゼが戻ってくるまで少々時間がかかった。
その間、ゼンは大木の木陰に入り、先ほどの線の細い女性と銀色の狼が語り合っているのを傍でボンヤリと眺めていた。
飽きたら上を見上げて、枝に掛かる衣装を観察する。
夕暮れに染まり始めた衣装を274枚目辺りまで数えたところで、アンニエーゼが広場に戻って来た。
「ゼンさん、お待たせしました」
そう言ってゼンに外套を返す。
広げて見ると袖も裾もほつれた箇所は綺麗に直っており、糸がよれて浮いていた刺繍もしっかりと直されていた。
「あ、ありがとう」
「いえ、見慣れない衣装なので、たくさん勉強させて頂きました。それで」
にこやかな笑顔で返礼したあと、彼女はエプロンドレスのポケットから小さい包みを二つ出した。
「私の知らない風習かもしれないんですが……これ、裾の返しの処に入ってたんです」
ひとつの包みを開けると中に小さい陶器の欠片が入っている。
アンニエーゼが包みの上で形を整えると、それは小さな小さな指貫になった。
「お守りか何かだとは思うんですが……」
アンニエーゼは心配そうにゼンを見つめる。
恐らく彼女の言う通りお守りの類なのだろう。
壊れてしまったのか、元から壊れたのかは定かではないが、いくらなんでもこんなものを服の返しに入れたまま気が付かずに縫いこむ事はないだろう。
「気にしないでくれ、大丈夫だ」
ゼンはそう言って指貫の包みを受け取った。
安心したのか、アンニエーゼは微笑を浮かべてもう1つの包みを開いた。
「お守りを壊してしまってたら悪いと思って、これ作ってきたんです。そうしたら少し時間がかかってしまって」
もう1つの包みの中にも指貫が入っていた。銀色の小さな指貫だ。これも実際には使えない大きさだろう。
「頂いた針で作ってみたんです、受け取ってください」
驚いた、報酬が戻ってきてしまう。
「あれは、代価で」
「えぇ、ですから。これは頂いた針の御代です」
外套を直しに出したら銀の指貫が付いて来た。
うっかり出していた手に銀の指貫を押し付けられ、ゼンは半ば呆然としながら礼を言った。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
アンニエーゼにニコニコと笑いながら礼を返され、すっかり気の抜けたゼンは、外套に袖を通すと再び礼を言った。
「今度、何か面白いものを見つけたら、もってくる」
「お気になさらずに。
そろそろ日が落ちますので、私失礼致しますね」
そう言って頭を下げると、アンニエーゼは未だに人のごった返す通りに向かって歩いて行った。
結局、ゼンは一番星が見えるまでその場に立ち尽くし、天幕に帰ったあと紅煉とメイズに説教を食らうはめになった。
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